超瞑想状態の劇的効果を体験した医師の脳覚醒ブログ 世界最強の瞑想誘導家岩波英知体験談

超瞑想体験、トランス状態(脳覚醒状態)の体験記を主に書いている医師(佐藤直樹)のブログです。 瞑想を中途半端にやってしまうととても危険です。 やるからには、超瞑想状態になるまでやらなければいけません。 この世には瞑想状態をはるかに超えた想像を絶する超瞑想状態(覚醒瞑想)があるのを知っていますか? その摩訶不思議で神秘的で衝撃的な体験(至福体験・恍惚体感)をブログに掲載したいと思います。 この超瞑想状態になれば、あらゆる可能性が開けることが実感できます。ホントに。 超瞑想状態や脳覚醒状態をとことん追求していこうというブログ。 建設的に人生の生き様を突き止めていこうというブログにしていきたいです。 岩波先生(希代の鬼才であり脳と潜在意識の魔術師!)の元で、あるいは自力で超瞑想体験を更に深めるべく頑張っています。 本物はある! 瞑想を本当の武器に変えるためにも、中途半端にやらずとことんやりましょう! 超瞑想状態の体験談を募集中。脳外科医佐藤直樹のブログ

従来の瞑想法の効果と実感の乏しさ

なぜ瞑想で変性意識状態を味わえないのか? 瞑想や呼吸法で変性意識に入れず苦手意識を持つ原因5

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最初にこのブログ記事の内容をまとめています

変性意識状態は、単なるリラクゼーションではなく、より深い意識の状態を指します。
しかし、この状態を追い求める過程で雑念に囚われることは誰でもあります。

変性意識状態に入ろうと力んでしまうと、逆にその状態から遠ざかるのです。
雑念との不毛な戦いにより、ストレスが増大し、瞑想そのものに苦手意識を持つこともあります。

しかし、瞑想の本質は受け入れること。
雑念も自分の一部と受け入れ、許し、緩みを生じさせることで、真の瞑想状態に入ることが可能です。
意外なことに、完璧にやらないことが、瞑想の秘訣なのです。




変性意識状態…瞑想や呼吸法で作られる特殊な意識になれない理由

変性意識状態とはよく聞く用語ですが、変性意識に入った時、明らかに普通の意識から変性しているため、入った人は「これなのか!」と実感するはずです。
変性意識の入口に入ったかどうかの段階では「このフワーッとした状態は変性意識なのか? ただウトウトっとしただけなのか」と決めにくい状態にいます。


つまりまだ疑問符がつく変性意識状態は、変性意識に似たなにかであり、真の瞑想状態でもなく、身も蓋もない言い方をすれば、ただのリラクゼーション状態なのです。
瞑想や呼吸法をやると、リラクゼーション効果は割合早く味わえるようになります。
それだけでもストレスが少しは抜けますし、やらないよりはやったほうがいいと思います。


瞑想に苦手意識を持ってしまう原因

しかし、もっと瞑想を深めたい人、超瞑想状態に入って人生を大きく変えたい人は、ただのリラクゼーション、ヒーリング効果だけでは満足しません。
そこでもっと深めようとがんばります。

この努力は素晴らしいことなのですが、瞑想への苦手意識をもたせる原因ともなります。
どんな人であってもです。
例えば、瞑想の歴史における偉人や各瞑想法も創始者であっても例外ではありません。
お釈迦様
空海
マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー
バグワン・シュリ・ラジニーシ
中村天風
ディーパック・チョプラ
などなど、彼らも変性意識状態に入ろうと頑張ると、私達と同じように雑念に囚われ、瞑想のスランプに陥るに違いありません。

ただしこの愚を犯さないからこそ、瞑想の歴史に名を残しているわけでして(実際に超瞑想状態に入れていたかどうかは誰にも断言できないが)、彼らはなぜ瞑想がうまくいかないのかもよく知っているでしょう。


変性意識状態に入ることを妨げるのは何か?

変性意識状態に入ろうと意識してしまうと、誰であれ入れるものも入れなくなるものです。
力みが出てきて、自分が感じる受動態脳が妨げられるため、理性と表面的な意識の世界で瞑想や呼吸法を続けることになります。

なぜかと言いますと、完璧にうまくやろう、やりたいという思いが、自分の思考や雑念の有無のチェックをしてしまうからです。
常にうまくいっているかどうか判断し始めます。
うまくいっていなかったら修正したいからです。

その考えが仇となります。


雑念との不毛な戦いでのエネルギー消耗

うまく完璧にやろう、頑張ってうまい具合に運んでやろうという考えは、雑念を生み出します。
雑念を今度はチェックし始めます。
瞑想状態や変性意識状態の妨げとなることを知っているからです。

雑念に付き合うと、完璧じゃない自分と理想の瞑想を比較して、うまくいかない状況にヤキモキしてくるでしょう。
それでも様々な手段を講じ、理想を求めようとしますが、一切を受け入れて感じる脳がいつの間にかなくなっていきます。

つねに受け入れられないものとばかり戦い、戦えば戦うほど敵となった雑念は肥大化していきます。
これこそ不毛です。
だから、ストレスを感じ始め、瞑想や呼吸法そのものに苦手意識を持ってしまいます。


無意識的な苦手意識を瞑想に持ってしまったら、自力解決は不可能に近い

ある教科に苦手意識を持ったら、自動的にだるくなり、めんどくさくなり、眠くなるのが人間です。
これと同じような状況に瞑想を追いやってしまうのです。
嫌いな教科と違って、瞑想は明らかに自分にとって有益な効果を与えてくれるという可能性を信じているからこそやり続けたいと思うわけですが、無意識に刻まれた苦手意識はそうそううまく消せるわけがありません。

雑念は自分にとって不利益なことは一つの真実でしょう。
しかし、雑念とはまさに自分自身です。
瞑想とは受け入れることです。
受け入れた時、つまり受動態脳に完全に入っていった時、変性意識状態がどんどん深まっていきます。

呼吸法をやっても、マントラを唱えても、チャクラを開いても、イメージ瞑想をしても、超瞑想状態へと入っていけるのです。

雑念を生み出している自分も受け入れ、許して受け流し、芯から緩みが生じた時、すべての流れが変わっていくでしょう。
雑念も自分なのだから、否定することはできません。
否定するから、頭が重くなったりもやもやしてしまうのです。
体も固くなっていくだけです。


意外なことに、完璧にやらないのが瞑想です。
不完全だからこそ、うまくいってしまうのが瞑想なのです。

参考リンク 神秘・魅惑の瞑想トランスへようこそ(瞑想坊主のブログ)


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見せかけだけの瞑想法。瞑想の効果は外見だけじゃわからない。そこに騙されてはいけない。

超瞑想状態の効果は外見じゃわからないことを岩波英知先生から教わった

















瞑想は自分のみの世界。他者と比較して落ち込んだり焦っていませんか?


深い瞑想状態にみんな入りたいと思っています。
しかし、自分だけはうまくいっていないと思っていませんか?

瞑想の合宿やセミナー(スピリチュアルなもの、本格的なヨガや禅の合宿も含む)を受けた人はわかると思いますが、みんなから取り残された感覚になることがあります。
みんなすごい瞑想状態に入って違う世界に浸りきっているのに、自分だけは雑念だらけで、焦れば焦るほど醒めていく、なぜ? とジリジリしながら瞑想をしているという経験者は多いでしょう。

かくいう私もそうでした。
みんな目を閉じたり半眼で瞑想状態に入り込んでいるように思います。


瞑想合宿やセミナー中、他人と比較して落ち込む

中には感受性が強い人がいて、勝手に強い変性意識状態に入り込んで、急にわめき出すということが何度か経験しました。
そうなると、他の次に感受性の強い人達が、神がかったように湧き出したり、踊り狂ったり、閉鎖空間にもかかわらず外に飛び出していくこともありました。

それに当時の私は圧倒されました。
そして自分を卑下しました。
情けない人間だと思いました。
雑念だらけの自分に比べ、彼女らはすごい。
ああはなりたくはないけれども、ああなりたいと思いました。
(しかし、瞑想の危険性でよく言われる瞑想の魔境に入った人たちだと後にわかりました。あの状態になったら、誰か錯乱状態を落ち着かせる強力な指導者がいないといけません。暴発したままでは心の抑圧は解消できないのです)

また瞑想合宿の効果を他の参加者と話した時、誰も私のような雑念だらけの人間とは違って、心が落ち着いた、心機一転できた、疲れが取れたという感想を述べられ、ますます自己嫌悪に陥ったものでした。

瞑想は他人と比べてはいけないことは知識ではわかっていたものの、効果を味わえない自分への自己嫌悪感が増す現実に、心が折れかけました。
私は何のために瞑想合宿に参加したのだろう。
彼らのいうように効果を得るためではないのかと悶々と考え込んでしまいました。


雑念だらけ私でも、外面だけは一丁前で、合宿参加者から尊敬されていた

しかし、他の瞑想合宿参加者が言うには、私が何を隠そう、感受性が暴発したグループに比べ、私が一番落ち着いて静寂の中で漂っていた人間だとのことでした。
「えっ?」とびっくりしました。
そういう私を尊敬してみていたという人もいました。

私はひたすら動かないように瞑想をしていたのですが、内心は本当に苦しくてたまりませんでした。
瞑想の効果をある程度実感してきた私ですが、その時の瞑想合宿は本当にうまくいかなかったのですが、瞑想をする佇まいだけは一流でした(笑。笑えないですが・・・)。


そうか、瞑想は主観的なもので、外見から瞑想状態を推し量れるものではないと思い知りました。
瞑想をやる本人がどう思うか、この主観的な世界こそが瞑想だということです。
その主観的な世界に徹底的に入り込んでいくことが、超瞑想状態なのだと学ぶことができました。
外見やポーズからでは、いくら見栄えが良くても、様になっていても、何の意味がないということです。


ヨガとは瞑想状態に入るために自然と動くように進化していった

そう言えば、ヨガは理想の瞑想状態に入るために、動きを取り入れるようになり、あのオリジナリティあふれるポーズや動きに至ったそうです。
先人たちの経験値の集積には頭が下がる思いですが、別に動かずに座禅をしたからと言って、ヨガをしたからと言って、主観的な感覚が変性していかなければポーズも意味がないのです。

瞑想は外見ではありません。
超越瞑想やヴィパッサナー瞑想、サマタ瞑想など理想の型にのっとり、瞑想をしたとしても、誰もが超瞑想状態の効果を実感できるわけではないのです。

現に、ヨガのポーズは、瞑想から独立して、それ単体がストレス解消法、健康、運動、ストレッチの一大派閥になっています。
本格的なヨガは別として、ほとんどのヨガはフィットネス感覚に進化(?)しています。
今やヨガをして超瞑想状態に入る人はほとんどいません。

とはいえヨガは、医師の立場から見ても、非常に健康に良く、体が芯から緩みますので毎日欠かさずやると、心身ともにいいことが起きます。
それは瞑想をする前にヨガの準備体操をすることで、瞑想本体もうまくいくようになります。



瞑想の指導者は実は見せかけのポーズだけではないのか? 知識だけの存在ではないのか?

私のような落ちこぼれ瞑想人間でも、目を閉じて動かずにいれば、他の人から見たら瞑想状態に完全に入り込んでいると思われていたように、私が立派だと思っていた瞑想指導者が、私のように雑念だらけだったらと思うと、瞑想ってなんなんだろうと疑念が湧いてきました。

したり顔で瞑想を指導している人、風格は立派で瞑想について深い解釈と教えをしている指導者、彼らはとてもすごそうに思えてしまいます。
しかし、案外見せかけだけで、超瞑想状態に入っているわけではないことをまず言っておきたいと思います。
瞑想は見せかけだけで、結構何とかなる世界なのです。

中には本物はいるでしょう。
しかし、これだけ瞑想やマインドフルネスを教える人が多いとなりますと、その比率は糸魚川の海岸の砂浜から翡翠を見つけ出すぐらいの数しかいないのではないか?

人間は外見にすぐ騙されます。
ショーンKというコメンテーター、コンサルタントがいました。
学歴を詐称し大げさに飾り立て、風貌だけは立派でダンディでやり手に思えさせて(これも一つの才能である意味尊敬しています)、中身は全くスカスカだったという騒動がありました。
この騒動はグーグルで検索すればたくさん出てきます。

これと同じことが瞑想にも起きます。
私達は瞑想指導者の外見に騙されます。
霊験あらたかそうなお坊さん、神秘的で立派で彫りの深いインドの方などは特に、刷り込みで「すごそう、できそう、たくさん知っていそう」と思ってしまいます。

一般の人でも、目を閉じ、ピシッと座禅をしている姿を見たら、「この人はすごい無我の境地の達しているに違いない」と思いやすいのです。
フロー状態に入っている、変性意識状態に浸っている、あちらの世界で漂っていると勝手に思い込んでしまいます。
しかし、焦る必要はありません。
所詮は外見だけの見せかけです。

そこに瞑想とは、悟りとは、禅の心とは何たるかを、あたかもショーンKのように語ると、さらに本物に思えてしまいます。
世界中の精神世界の旅をしてきた富裕層の女性を話した時、結局どの指導者もグルも俗物人間が多く、その本性を知ったら、別の合宿に参加しその繰り返しだったと言っていました。
指導者がみんな俗物だという意味ではなく、本物もいます。
ただし、瞑想はお金になるぐらい需要があり、そこに供給が発生するのだということでしょう。
だからこそ、瞑想指導者の外見だけに騙されてはいけません。

案外、俗物だったり、参加者並の瞑想状態しか味わっていないのかもしれません。


この人は本物の超瞑想状態を味わっていると見抜くポイント

誰も心の中なんてぱっと見ではわかりません。
しかし、本当に瞑想状態に入り込んでいるか、わかる方法もあります。
注意深く観察していたら、まぶたを閉じている人でも、眼球運動で、理想的な変性意識状態に入り込んでいる、脳内麻薬が全身を駆け巡って恍惚状態になっているとわかるようになります。
(これは覚醒瞑想誘導技術を開発した岩波先生に教えてもらいました。実際に最高の超瞑想状態に入った人の眼球運動は明らかに違っています。先生は一瞬でその人の深さや質の種類もわかるそうです)

「目は口ほどに物を言う」「目は心の鏡」という格言がありますが、まぶたを閉じてまだ間を見ることができなくても、眼球運動はわかります。
眼球運動を見抜くにも訓練と経験値は必要ですが、やはり眼は嘘をつけないものなのですね。

また表情も重要なポイントです。

厳しい顔をして座禅をしていたとしても、それはフロー状態やゾーンに入った状態になれているわけではなく、雑念と戦って必死で集中しようとしているから厳しい顔になっているのかもしれません。
超瞑想状態に入ったら、とにかく気持ちいい状態がずっと続いて、それがどんどん再生産されて内側から出てきます(脳内麻薬や神経伝達物質が脳内や全身を駆け巡ります)。
そうなると表情が緩みます。
別人のようになり、恍惚感に浸っているわけだから、厳しい表情のままでいるはずがありません。

別に厳しい顔をしているから、この人は雑念だらけだということではなく、恍惚感や多幸感に包まれた人の表情は、険しい顔のままではいられないということを言いたいのです。


瞑想は徹底的主観の世界。他人と比べるからうまくいかない。過去の自分と比べてもいけない

だから、瞑想に裏切られないためにも、瞑想の指導者の見せかけのポーズに騙されないためにも、案外人は大層瞑想状態に入っていそうでも、内心はそうではないということを知っておいてください。
つまり、人と比べても惑わされるだけです。
瞑想は主観的なものです。
比較したら瞑想ではありません。

またかつて瞑想がうまくいっていた人ほど、過去の瞑想状態の効果を現在を比べ、「あのころはよかったのにどうして?」という戸惑いにつながりやすいです。
ここでも比べることは無意味です。

瞑想とは絶対感であり、自分の内面に徹底的に入り込んでいくもので、他者がどうということは全く介在する余地がありません。
自分の内面は、底が見えないぐらい深いです。
ある意味宇宙とつながっており、宇宙空間並みの広さと深さを有しています。
そこに神秘性も可能性もたくさんつまっています。
そして本当の自分という存在にも出会えます。

瞑想セミナーや合宿では他者との比較は無用です。
自分だけの世界を追求してみてください。



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効果が出ない瞑想の原因 受動性と能動性 瞑想をやる行為そのものが瞑想を破壊する

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瞑想で時間とエネルギーを無為にしないために


瞑想をするとものすごい効果をもたらしてくれる反面、瞑想をすることで無駄な時間とエネルギーを費やして、何の価値も見いだせなかった人がいることも事実です。
瞑想は素晴らしいけれど、なぜ瞑想をしてもうまくいかないのか?
これを知っておくことはとても大事なことです。

瞑想の効果ばかり学んでも意味はありません

瞑想やマインドフルネスを紹介する本やネットには、瞑想の効果効能ばかり書かれていて、うまくいかない人のために『なぜ瞑想がうまくいかないのか』を教えてくれるものは意外に少ないです。
それはどこかの瞑想の効果を書いた文章を引用しているばかりで、書いている本人が瞑想のすごさや難しさを本当の意味でわかっていないこともあります。

瞑想が失敗する最大の原因

なぜ瞑想をやってもうまくいかないのか?
瞑想状態が深まる時、それは徹底的に受動的な時です。
どこまでも受け身であるからこそ、感覚が深まり研ぎ澄まされて、瞑想状態がとんでもない質と神秘性を持って押し寄せてくるのです。

ここで決定的な問題が存在します。
自力で瞑想する場合、瞑想をするという行為そのものが能動的すぎるのです。
能動的な時、人は意識がはっきりしていて、目的や欲望(この場合は瞑想の効果を味わいたい欲)が先立っています。
これは当然のことで、人間ならば皆この能動的な障害にぶち当たってしまうのです。

能動的に瞑想をやる行為が瞑想を失敗させる

瞑想をするということは能動的であり、それは瞑想ではないということにもなります。
だから、能動的に瞑想をやっている時点で、大した瞑想状態ではないし、瞑想のようなものをやっているだけに過ぎないのです。

絶対的受動状態が超瞑想状態を作り出す

超瞑想状態、あるいは脳覚醒状態を味わった時、私は絶対的に受動的でした。
だから努力をいらず、ただ感じるだけで勝手に瞑想状態が深まっていくのです。
私はただひたすら「おお、すごい、なんだ、これは」と感動し、驚き、快感に浸るだけです。
楽だからさらに楽になり、それが至福感や幸福感に繋がりました。

恥ずかしながら私がその状態になれたのは、岩波先生の脳覚醒状態への誘導を通してでした(後に自力で入れるようになる)。
誘導を受ける時、誰もが受動的です。
深い瞑想状態を味わいたい願望はあるものの、徹底的に味わう立場です。
感じるだけでいい、身を任せるだけでいい。
だから、能動的なものは少なく、誘導後は受動的に感じるままに感じていればいいだけです。

能動的なものを切り捨てられる条件だけが超瞑想状態に入るコツ

つまり、瞑想の大きな弱点とは、瞑想をやる時点ですでに瞑想から遠ざかってしまうということです。
人間は極限に疲労困憊した時、能動的なものが消え失せ、受動的に身も心も切り替わります。
苦行の末悟りを開いた人は、受動的な状態になることに成功したわけです。

しかし、日常で瞑想をや座禅、ヨーガをやっている人は、社会生活もあるし極限状態に自分を追い込むことは難しいです。
極限状態に自分を追い込むことすら、能動的にやっていてそこに理性が介入し、常に自分をチェックしているようになる罠もあるため、吹っ切れることはなかなかありません。

焦りが能動性をさらに強め瞑想を破壊する

だからこそ、瞑想の効果はやればやるほど能動性が強まり、効果を感じられず焦れば焦るほどさらに『何とかしよう、頑張ろう、気にしないようにしよう、受け身になろう』と能動的に思考が働いて、それが緊張を生み出して、全く効果が出なくなってしまうのです。

『岩波先生の言葉集』にも『能動的注意集中の盲点と理想の意識の流れ』が掲載されています。
呼吸法を含めヨーガ、瞑想、座禅などの精神世界に関わること全てにおいて、能動性と受動性の矛盾はついて回ります。

なぜ瞑想がうまくいったのか、なぜいくらやっても瞑想状態に深く入れないのか、その原因を知ることで、次のステップが見えてくると思います。
人間の脳は本当に厄介なものです。

瞑想を疑うこと 今の瞑想状態は本物なのか?

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瞑想状態は確かにあります。
その効果は絶大なものがあり、理性や様々なしがらみでがんじがらめにさせられている私たちの心を無意識から解放してくれますし、脳も覚醒していきます。
しかし、瞑想状態に入れたからといって、その瞑想状態が願望を達成させるために充分な深さなのか疑うことが大事です。

というのも、瞑想状態はあくまで主観です。
私がこの瞑想や精神世界を中心に書いているブログや体験談をいくら体感したまま書いているとしても(実際に嘘はまったくない体感です)、どれだけのすごさや別次元ぶりなのか読んでいる人にとってピンとこないことも事実です。

主観というものはとっても厄介で、瞑想や精神世界の話をする時にどうしても体験したものをそのまま読み手にわかってもらうことは不可能なことなのです。
しかし、その人の主観の中で、絶対的な体感、決定的な体感、あるいは悟りや決定的な気づきと発見に本当に至ったのならば、誰がなんと言おうとそれは真理です。

つまり、決定的、絶対的な体感が伴わない瞑想状態はさほど価値はありません。
瞑想状態はとても幅広い意味で言われていて、ウトウトした状態も瞑想状態に含まれることもありますし、海辺でぼーっと何も考えていない時間を過ごしているのも瞑想状態と言えるかも知れません。
ちょっと感覚がずれてきた状態も瞑想状態ですし、ストレスがすべて抜け出ていく効果を味わう状態も瞑想の醍醐味です。

それらはすべて価値のある体感ですし、効果があるわけですが、そこに決定的な絶対的な体感はありません。
せいぜいここ二、三日の疲れが吹っ飛んでいったという効果しかないのです(ストレスで潰れるより何億倍もマシなのですが)。

せっかく精神世界に足を踏み入れ、瞑想や座禅を一生懸命取り組んでいるのならば、決定的絶対的体感まで至りましょう。
一生を通して、確固とした核となる強さと優しさと柔らかさと自信とリラックス、それらすべてバランスよく得られることになります。

だから今の瞑想は本物なのか、瞑想を疑って下さい。
案外、次元の低い位置で瞑想のようなものをし続けているだけかもしれません。
瞑想を疑い、瞑想を捨てるぐらいをした方が、もっと深い次元の瞑想状態を味わえるようになるのです。
捨てられない人間はいつまで経っても拾えません。

自力瞑想やマインドフルネスの危険性、最大の効果を上げる方法

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正しくない瞑想法による『瞑想の魔境』


正しい瞑想法をやらないと、普段からストレスがあったり、抑圧やトラウマに苦しんできた人は、魔境に突入する危険性があると言われています。
これはアメリカでマインドフルネス瞑想の実験からも立証されていることでして、自分のマイナス面ばかりに意識を向けすぎると、精神的コンディションが悪化してしまいます。
イライラしたり、落ち込んだり、悲しくなったり(しかも浄化されない悲しみ)、鬱がひどくなったり、パニックが助長してしまう危険性もあります。

正しくない瞑想法や自力の瞑想法では、悪いことに執着してしまうだけに終わって、何にも問題が解決しない最悪な結果に終わってしまうのです。
それはなぜなのでしょうか?


自分の内面に向き合うことの意義と効果

自分が抑圧してきた問題にむきあうことはとても大事です。
不都合な抑圧をないものとして生きると、結局うつ病になったり、強い不安を感じながら生きざるをえないのですが、逆に抑圧に向き合うと、それが浄化されない精神状態(瞑想状態)では、魔境を見てしまうのです。

だから、瞑想法を中途半端にやってしまって、地獄を見てしまう人は思いのほか多いようです。
抑圧を見ないままでいるのも、瞑想をやった効果が出ないとも言えますし、悪いスポットに瞑想状態で入ってしまうのも大変な不都合を生じます。


本物の瞑想法の効果とは

では瞑想やマインドフルネスはやらないほうがいいのかというと、そんなことは決してありません!
本当の瞑想状態には、ストレス解消や脳をクリアにしてくれるどころか、さらにストレスを感じなくなる精神状態や脳を作り出してくれます。
幸せな気持ちになり、不幸なことも受け流せます。

自分への肯定感や存在価値を見い出せるようになりますし、インスピレーションや深い気づきが舞い降りてくれます。
すべてを把握したような感覚(絶対感、万能感)になった時、本当に生きていてよかったと思いました。
私自身が本当に価値のある人間に思えるからです。
自分を認められない人生は悲惨です。


瞑想の魔境は超越できます、完全に消化できます

だから、そこまでの深い瞑想状態に入れば、魔境なんて関係ないくらい大きな効果を実感できます。
正しい瞑想法とは、つまり深い瞑想状態を常に味わうことです。
ですので、中途半端な瞑想やマインドフルネスでは火傷をしてしまうのです。

自力の瞑想法はストレス解消においては有効的ですが、悪いスポットに入ったときの対処法を知らなくてはいけません。
瞑想の魔境に入った時、自力では対処できません。
不安を消そうとして、もっと魔境を除き、不安に完全に飲み込まれてしまいます。

だから信頼できる能力のある師が必要だと私は思います。
さらには深い瞑想状態に導いてくれる師ならば、魔境そのものを解消させてくれるでしょう。

魔境に入ってしまうのは、その人自身の心のなかに魔境が存在しているからにほかなりません。
魔境がない人がいくら瞑想をやって変なスポットに入っても、魔境がないのだからマイナスにはなりません。


瞑想に危険はなく、危険なのは抑圧がひどい心の内面にある

瞑想が悪いのではなく、やり方が悪いのと、その人の悪い抑圧がそこに関係しています。
そして、瞑想をやることの意義は、内面の浄化です。
浄化された時の幸福感、解放感をみなさんにも味わってほしいと思います。

マインドフルネスが流行っていますが、実態のレベルは高くないものばかり

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社会的に認知されつつあるマインドフルネスと瞑想


マインドフルネスがアップルやグーグルなどで社員教育やメンタルヘルスに取り入れられています。
そもそもマインドフルネスとはまあ、瞑想のようなものです。
実質的に名前が違うものだけだと思ってください。

私も瞑想を熱心に追求してきましたが、マインドフルネスをやったからと言って瞑想状態が深まるわけではありません。
マインドフルネスで瞑想状態に入れない人は、ヨガをやっても座禅をしてもインドの聖地で修行しに行っても意味がないのです。

瞑想もマインドフルネスも座禅もヨガも何をあなたにもたらしたか?


心の旅をするという意味ではちょっと味付けが違うだけで、結局やる人間は同じですから、何をやってもだめな人はだめです。
私が怖いと思うのが、あれこれ試行錯誤している時間がもったいないということです。

実態のないものに時間をかけ続けて、実感も得られないなんてこれほど無駄なことはありません。
私のようにそれでも実感を求めてさまよい続けると、ただの阿呆です。
迷いながらやる瞑想やマインドフルネスに、意味は全くありません!
私の間違いをこれからの人は繰り返さないでください!

マインドフルネスの効果を書くよりもとにかく実感させてほしいと思う


マインドフルネスの効能はたくさんのことが書かれてありますが、その効能とおりの効果が出た人なんてどれだけの人がいるでしょうか?
私が以前からこのブログで従来の瞑想法が何の変わり映えもしないものだと書いてきましたが、マインドフルネスだって今後ずっと進化しないまま続いていくでしょう。

マインドフルネスや瞑想の指導者も実は迷っているのではないかと思います。
決して弱みを見せないでしょうが(商売あがったりになりますし、顕微鏡で瞑想状態の深さを測れるわけでもなので)、このままやっていいのかと思わなかった人は殆どいないのだと思います。

瞑想やマインドフルネスの指導者の方へ


ストレス軽減ごっこ、能力開発ごっこのようなレベルでマインドフルネスをやり続けてもやる意味はあまりないと断言します。
こう書くとたくさんのお叱りを受けそうですが、もしマインドフルネスや瞑想の指導者がこの記事を読んでいただけたら、岩波先生の覚醒瞑想誘導技術をぜひ受けてみてください。
常識が一変し、あまりのすごさに唖然とするか茫然自失となるか、とんでもない感動を得るでしょう。

指導者が深い深い、とっても深い意識の世界を体験していると説得力が違います。
人間の心のうちには無限の可能性が眠っていると常に宣っている指導者の人に、本当に無限の可能性が潜在意識レベルのもっと奥深くに眠っていることがはっきりとわかると思います。

なので昨今のマインドフルネスの広がりは、私はあんまり歓迎していません。
ちょっとしたらリラックスタイムなんて、何の意味もないと思っています。
失礼なことばかり書いてしまいました。
この場を借りてお詫びいたしますとともに、ぜひ本物と超越した体感を味わってほしいと思います。

マインドフルネス…こんなことをやり続けて良いのかと思いますから。

記事 引っ越ししました




岩波英知瞑想口コミ 移転しました


こちらに引っ越ししました

瞑想は古い? 効果がない? そもそも瞑想状態ってあるの?

瞑想の効果の可能性

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本当の瞑想状態に深く入れた人は、心の根底と人生までも変わっていってくれます。

でも、瞑想状態と言っても、ピンからキリまであります。
何年も瞑想の状態の入り口で止まっている人もいれば、神秘体験までいった人まで様々です。

  • ずっと雑念と格闘して、そこを乗り越えられない人
  • 瞑想状態になるために座禅を組んだら、途端落ち着かなくなる人
  • 瞑想を理性で捉えようとしてしまい、ますますわからなくなる人
  • 瞑想状態になると恐怖と不安でたまらなくなる人

がいる一方で、

  • 神秘的な体験としか表現できない体感を得るに至った人
  • 神様仏様に出会った人
  • 全世界生きとし生けるものとの一体感を味わった人
  • とんでもない至福体験をした人
  • 恍惚感や多幸感につつまれた人
  • 突如脳が覚醒した人
  • 悩みがすーっとひいていって楽になった人
  • 宇宙的意識に目覚め、宇宙の真理、宇宙の叡智、宇宙との一体感を実感した人

という人まで、実に多種多様です。

瞑想は求めれば求めるほど消え失せてしまう

そして、瞑想をやったとして、前の日に瞑想状態に浸れても、今日は入れるかどうかもわかりません。
神秘体験にたまたま入れた人でも、二度と何十年やろうとも体験できなくなった人は大勢います。

つかもうと思えば思うほど、逃げていってしまう幻のようなもの
でもあります。

瞑想といっても、人それぞれの体験によって、価値観や達成感が全く違っています。
神と一体化した、という人がいるけれど、同じ深い瞑想状態になった人でも、その感覚がわからないという人もいます。

でも、パチッと何かに気づき、目覚めた時すごいやる気になることこそが、瞑想最大の成果だと思っている人もいます。
どちらが上とかではなく、その人が満足か、何かつかめたかが重要です。

非常にはかなく繊細な瞑想というもの

とはいえ、瞑想を伝えることはとても難しいですね。
瞑想状態はたしかにあるけれど、それを言葉で文字で伝えることは難しいからです。
あくまで瞑想状態を体感した人の主観の中で終わってしまいます。

私もまだまだ深い瞑想状態を体験していない時、先輩方や誘導瞑想の師匠(岩波先生)から
「こんなに超瞑想状態はすごい、ありえない、やばい」と聞いていても、実感としてはつかめなかったですから。

有名人やステータスのある人と瞑想

だからこそ、瞑想は奥が深く、追求しがいがあるのでしょう(ここに瞑想の罠が潜んでいる。下手をすると貴重な時間を無駄にするだけで、何の効果も得られない)。
実に多くの有名人が追い求めてきました。

有名人ではスティーヴ・ジョブズやデヴィッド・リンチ、クリント・イーストウッド、ビル・ゲイツ、リチャード・ギア、稲盛和夫などなどたくさんいます。
(2017 1/13追記:ジョブズは生前に私の師匠の岩波先生の誘導瞑想技術の噂を聞いて受けたがったそうです)

医師もたくさんの人が瞑想をやっています。
可視化できない世界なだけに、精神科医以外の医師も興味を持つ分野だと思います。
かくいう私もずっと追いかけてきました。

しかし、なかなか瞑想の真髄を極めることは大変でした。


瞑想が出来る、これは幸せなこと

日本は世界でも瞑想、禅、ヨガ、気功といった精神修養に関する環境が整っています。
これは幸せなことです。

私は瞑想は、やればやるほど価値が上がっていくと思っています。
そしてやればやるほど、上達を実感できる不思議なものです。

一方で、一度道を誤ると、やればやるほど焦りの世界に入って、きつくなったりします。
だからこそ、私は瞑想に関するブログを書くことで、瞑想の罠から脱し、貴重な時間を失わない人が多く増えれば嬉しく思います。

そしてブログを始めてみますと、多くの人が瞑想の道に迷っていることも知りました。


超瞑想状態、覚醒瞑想状態のすごさ

でも、瞑想が深まっていると思っている人でも、さらに深い超瞑想状態、脳覚醒状態という精神状態があるのを知っていますか? トランス状態とも脳覚醒状態とも言われています。
実は私はそれを体験しました。
本当にビックリしました。こんな世界があったのかという驚きです。

すごいとしか表現できない状態です。
ありえない脳と全人格的な体験です。

おおげさではありません。
また妄想でもとち狂ってもおりません(笑)
そしてずっと瞑想で時間を潰してきた人でも、誰でも体験できるものです。

脳はすべての感覚を記憶している

私が経験してきた従来の瞑想方法と、超瞑想状態(驚きと感動の連続!)についての体験を二つの柱として書いていきたいです。

私が強く推薦したい瞑想方法は、一種の誘導瞑想法です。
瞑想は自分一人の力では、限界が必ず来ます。

行き詰まって、瞑想に励んだだけ時間を無駄に費やしていきます。
限界が来ない人は、お釈迦様だけでしょう(笑)

脳は超瞑想状態、覚醒瞑想状態というものを味わった時のことを、決して忘れません。
だから、いつでも、その深い世界を脳に再生することが出来るようになります。

私は今では高確率で、一人でもとんでもなく素晴らしい瞑想状態に入ることが出来るようになっています。
その入口として、超凄腕の岩波先生という方の誘導瞑想技術が必要でした。
それなくして、私は瞑想の真髄を体感できなかったことは間違いありません。

瞑想で潜在意識の極地に入れる唯一の方法

これほどすごい瞑想状態(脳覚醒状態)を作り上げてくれる人は、世界に一人だけです。
岩波先生については、とても多くの人がそのすごさ、鬼才ぶりを書いていますが、想像を圧倒的に超えさせる実体験を導ける技術を有しています。

これに嘘偽りは全くありません。
できれば、今までの固定観念を捨てて、私の瞑想体験ブログを読んでくれるとうれしいです。

もう二度と瞑想で貴重な時間を失っていかないためにも。
瞑想で追求したい目的を少しも達成できず、深く突き抜けることもできず、悶々としながら瞑想を続けることは悲惨なことです。
その時点で瞑想をやる意味がありません。 
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シュウ

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