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ほんとうの意味で超越した瞑想:覚醒瞑想状態の効果紹介


瞑想の効果の大きな柱の一つに、疲労しにくい体とストレスを受け流せる心になれるということがあります。
私も医師という職業柄忙しい時は寝る時間もなくなるときがあります。
平均睡眠時間が人の3分の1の時期がずっと続いていました。
そんな時にやっていてよかったのが、瞑想法であり呼吸法でした。

いくら瞑想を追求していても、私達は社会人であり労働をしなくてはいけません。
山奥に引き篭もる仙人のように、時間が有り余っているわけではないのです。
日々労働をし、その対価としてお金をもらいます。
この社会活動を無視しては、現代の瞑想は決して語れません

岩波先生の著作に書いてありましたが、あくまでも私達は現実社会の厳しい状況の中で「悟り的気づき」を得なくてはいけないのです。
一生懸命働いて、心と脳に瞑想で栄養を与え、また一生懸命働くためのエネルギーを貯蔵する。
その中で瞑想や呼吸法の質を深めていくこと、現代社会ではそれしかないと思います。

そこで大きなアドバンテージとなるのが、劇的な威力を持つ瞑想法(あるいは呼吸法)による疲労軽減効果です。
瞑想はうまくいった時、睡眠の疲労回復よりもはるかに上質なリラックス効果を与えてくれて、すっかり頭が冴えて体も軽くなり、次へのモチベーションが湧いてくるものなのです。

睡眠は寝てしまえば、心地よさなど感じていないし、いい睡眠ができたと感じるのは、目覚めの質によってです。
しかし、私が日々味わっている超瞑想状態、覚醒瞑想状態に入った時、睡眠をはるかに深い次元で超えた極上のリラックス感、変性意識状態を、ちゃんと実感しつつ、その中でまどろみ、その効果に自分でも凄いと驚きながらも、ちゃんと味わえているのです。

これ以上の安心感と心地よさと凄みに包まれた瞑想状態に入れるようになってから、睡眠時間の長短や医師としての過酷労働への将来への不安は無くなっていったのです。

最初は瞑想をしても呼吸法をしても、疲労感はとれません。
それにリラックスしようと瞑想をすると、普段激務で体が硬くなっている人はリラックスの感覚が寄ってこないものです。
遠くにその感覚を置いてけぼりにしてしまったがゆえにです。

記憶は上書きされます。
かつて幸せな感覚に包まれ生きてきた人でも、つらい時期が長いと、幸福感を思い出せなくなってしまいます
脳はそれでも、その深い位置に幸福感の記憶を貯めこんでいます。
しかし、決して脳から失われることはないとは言っても、それを再生できなくなれば、日々生きていく上では無いものと同じです。
だから、中途半端に瞑想法や呼吸法をしても、脳の奥深くの扉は解き放たれないのです。

またリラックスを求める心にリラックスはやってこない性質もあります。
追い求めれば逃げる厄介な感覚の性質と特徴であるがゆえにです。

ここで最初多くの人が挫折するでしょう。
効果が上がらないことをやり続けることほど苦痛はないからです。

しかし、それでもやり続けた人が見える景色があります。
まずはリラックスすること、疲労回復することを諦めてください。
あと瞑想や呼吸法中にぎりぎりまで眠らないようにしてください。
結果が出なくてもやりつづけること、それだけです。

これはバカにならないと到達できない世界です。
中途半端に利口で、少しでも得をしようと知恵を働かせる人ほどバカな結果に終わり、見返りを求めずバカになって取り組めた人ほど、どんな利口な人が頑張っても到達できない高みに行けるのです。

これができた人だけが、睡眠以上の疲労回復力が瞑想・呼吸法によってもたらされることになります。
こすっからい考えで取り組んではいけないということです。
心地良いまどろみの世界は、求めない努力ができた人にだけ訪れます。

もしなかなか効果が上がらず焦っている人は、一回効果をあげようという考えを捨ててください
そこは覚悟や器量が必要になりますが、せっかく瞑想、呼吸法をやっているのだから、そのすごい効果を味わえるまでやらないともったいないことです。
時間は二度と取り戻せないのですから、一度頭を突っ込んだ以上前に進むしかないのです。

この効果を感じなくてもやり続けた人のみ、ちょっとした瞑想、呼吸法で疲労感がとれる魔法使いになれます。
私もある時に20分ほどの瞑想をしていたら、一週間の激務の疲れがスーッと抜け出た軽い体の感覚を味わいました。
あれほど頭が重く眠たく考えも散漫になっていたのに、体と脳の軽さを実感してからはじめて私は瞑想の威力に感動しました。

岩波先生はたった数分で深い眠りに入り、簡単に疲労を取ることができるといいます。
また仕事場から外に出て、違う空気を吸っただけで、それまでの疲労感を吹っ飛ばせるそうです。
その一端を私も味わうことができ、とても自信になりました。
少しでも先生の域に近づけたことが嬉しかったものです。

けっして諦めてはダメです。
瞑想の世界に興味をもったからには、武器にしなくてはもったいないのです。
心は武器にできます。
この武器で私達は流れが早い社会という大河を渡りきって行かなくてはいけないのです。

この疲労をいつでも回復できるという私の自信は、医学的見地から言っても健康にも大きな好影響を与えてくれています。
昔ストレスからか医者の不養生的な血液検査の結果に私は悩んでいました。
医師としてこれはどうしたものかと。

しかし、疲労回復術を身につけてからは、ストレスもうまく受け流すことができるようになり、そこから血液検査の数値は非常に良好になっています。
ぜひ武器にしてください!

瞑想をやるからには、精神的健康だけじゃなく、身体的健康も獲得しましょう。
精神的不健康は身体的病気を作り、体の不調がますます心を病ませていきます。
悪循環を断ち切らないと、どんなに頑張っても、もっとひどい症状が出ていきます。