瞑想による何ものにも代えがたい幸福感

瞑想で非常に心地よくなったり、恍惚感に浸ったり、幸福感に包まれた人はいるでしょうか?
深さのの差はあっても、うまくいったとき、ただのリラックス感を超えたありえないリラックスを感じた人も多いと思います。

瞑想は脳内麻薬物質や快楽ホルモンを脳が分泌してくれるようになったら成功とも言えます。
真理に達するには、非日常的な精神状態と意識の流れになっている必要があります。
天国にいるような、とても心地よい脳内麻薬に全身包まれている状態こそ、非日常です。

さまざまな神秘体験、至福意識、真理到達は、これからの脳内の神経伝達物質のなせる技といえるでしょう。
とくにA10神経が鍵になります。

A10神経

A10神経とは、快楽を刺激する神経です。images


瞑想を行う意味とは、脳内から出た神経伝達物質によりA10神経を刺激するとも言えるかもしれませんね。
(しかし、意識上でも理性でも気力であっても、自力ではA10神経は刺激できません。これがとても難しい)

私は岩波先生の脳覚醒技術による誘導で瞑想状態が劇的に深まったわけですが、こんな気持よく感動に満ち溢れた体感をして初めて、A10神経の話に納得がいきました。


A10神経が神経伝達物質によって刺激されればされるほど、ますます心地よくなります。
そのレベルもどんどん深まっていきます。

多幸感、生きていてよかった幸せ

ありえない快楽を味わえます。
快楽といっても性的な意味ではありません。
薬物・麻薬でラリっていることでもありません。

もっと高尚な喜びです。多幸感です。
自分の存在を認められ、その価値に気づき、ストレスもすっかり消え失せ、マイナス面も浄化されていく心地よさ。
宇宙や世界との一体感、人との一体感などとにかく幸せな感覚に満ちています。


神経伝達物質の力を引き出せる瞑想法

脳の可能性は無限大というのは、この脳内麻薬の観点からも言えるでしょう。
脳内麻薬のある神経伝達物質は、大麻などをはるかに超える気持ちいい体感を得られます。

私は、瞑想とは別に、何かに一心不乱に集中して、集中力を超えた集中力を発揮することがあります。
それがもうとても心地よくてたまりません。
そんな経験をよくしたことがあります。
これもおそらくは脳内快楽物質がA10神経を刺激してくれたおかげで、能力が全開したんだと思っています。

せっかく瞑想をやるのだから、自分で脳内麻薬を自由に出せるようになれば、能力にも制限はなくなりますよ。

自分の脳への企みは自分の脳が一番知っていることに瞑想の難しさがある

脳内麻薬はどうやったら自力で出せるのか(ひいては瞑想がうまくいく方法)、そのひとつの方法を書いていきたいと思います。

脳はバカではありません。
自分の意図や企みを見抜いています(自分の脳だから当たり前ですね)

「脳内モルヒネを出してやるぞ、気持ちよくなってやるぞ、エンドルフィンを出して瞑想状態をもっと深めてやるぞ」という意図はすべて逆方向の結果をもたらします。
雑念と白けです。

脳は理性だけでは作動しません。
もちろん意図があって、人は瞑想なり呼吸法をやるわけですし、岩波先生の脳覚醒プログラム通う事自体、意図的なものです。
これは否定しようがない事実です。

それを踏まえた上で、その意図を捨ててください。

A10神経や神経伝達物質をコントロールできる方法

見返りは求めず、無駄なことですら甘受して、トランス呼吸法をしてください。
集中は必要ですが、だからといって雑念が集中力を妨げるからといって、排除しないでください。
A10神経を刺激するには、これらは絶対的に必要不可欠なことです。

どんな雑念やマイナス思考という悪条件でも、それを覚悟して受け入れて、見返りを求めないで淡々とやり続けることこそ、自分の脳みそを攻略する方法です。
すべてを捨ててやった人に、瞑想の神様は微笑んでくれるのです。

もしあなたが瞑想の神様(まあ、お釈迦様でもいいです。)だったならば、不埒な意図や企みの気持ちを抱いたまま瞑想や呼吸法を行う人間を引き上げようとするでしょうか?
より逆方向の気持ちを味あわせて、その考えがいかにまずいか思い知らせることでしょう。

私もさんざん神様やお釈迦様にいじめられてきました(笑)

覚醒瞑想やトランス呼吸法による絶対的安心感

さて、脳内麻薬物質がA10神経を刺激してくれた時、私は怖いものはなくなる感覚になります。
なぜそうなるのか、私自身哲学者のごとく考えた結果、心地良い脳内麻薬に包まれたからだという結論に至りました。

おそらく、お母さんの子宮にいた時、一番安心感を得ていたはずです(母体が不安を感じていたら、その限りではありません。)
そうです、まるで子宮にいる時のような感覚なのでしょうね。
これが私の思い至った真理の1つであり、この安心感が、頑張れる自分を作ってくれていると思います。

中途半端に瞑想をやる危険性

もう一つ、注意点を書きたいと思います。
安心感どころか、瞑想を独力でやって、不安感がひどくなった人がたくさんいます。
瞑想の危険性は、瞑想のすごさを説く者にとって、ちゃんと書いておかなければならないと思います。

瞑想をやるからには、不安感がなくなり、安心感と多幸感の中にひたれるようになるまでやるべきです。
途中であきらめないでください。
道に迷ったら、自力でも追求に見切りをつけて、最終目的である心の平穏を目指して、専門家の力を借りることも大事です。

私もそのための力になりますし、相談に乗っています。